ヴァイアナ・スタイバルさんについて

シータヒーリングの創始者・ヴァイアナ・スタイバルは1964年にアメリカのアイダホ州で生まれました。

私が初めてヴァイアナに会ったのは、2009年の日本でのインストラクターセミナーの頃です。

その頃は、ヴァイアナに関する情報は本当にわずかで、「ヴァイアナの年齢は70代」なんてことを、
真面目に信じている人たちもいたくらいです!

ヴァイアナに対する私の初印象は、アイダホ州の一人の主婦が、大きな役割をになって日本にやってきたというかんじでした。

私や、会場にいる誰とも変わらない立場の女性が、大きな愛を持ってシータヒーリングを伝えようとしていることに、とても感動しました。ヴァイアナにとっても、大きな冒険の旅に出始めた時期だったのだと、今はわかります。

ヴァイアナは、小さいときからエネルギーに敏感で、16歳の時に最初の結婚(アメリカの田舎ではよくあることです)。数年のうちに3児の母親になりました。

その後、2回の結婚を繰り返すのですが、その時のお話は「祈りを翼に乗せて」(ナチュラルスピリット刊)に詳しく載っています。

人生に転機が起きたのは、1995年。

当時3人の子どもをかかえながら、昼は自然療法士としてクライアントさんの体をリーディングし、栄養相談をして、夜は町近郊の原発施設で働いているころに、左足にリンパ腫を患いました。組織を採る検診などを繰り返す中で、左足は右足に比べて短くなってしまったそうです。

そのころ彼女は、子ども時代からの習慣で「神」とつながって、話をしていました。どうか自分を治してほしい。3人の子どもを置いてこの世を去るようなことをさせないでほしいと祈る彼女に対して、神は「あなたに必要なことはすべて与えてあります」という答えをくれるだけだったそうです。

そんな時、ハイキング先で知人が食中毒にかかり、いつもと同様に体をリーディングして、神にヒーリングを祈り、それがなされるのを見届けた時に、知人の状態が一瞬にして完全に変化するという奇跡を目撃しました。

これは自分にも使えるのではないか?と、帰宅してから自分の左足に対しても同じことをしたところ、リンパ腫の痛みは消滅し、足の長さがそろうという奇跡を目撃しました。

私は以前、ヴァイアナさんと仕事場が隣だった男性のインタビューを見たことがありますが、

「その前の晩までは松葉杖をついていて、苦しそうに歩いていたヴァイアナが、翌朝は元気そうに普通に歩いてきたので、腰が抜けるほど驚いた!」と言っていました。

このヒーリングの詳しいことは、『新版シータヒーリング』(ナチュラルスピリット社刊。こちらの本は、基礎DNAをお申し込みの皆様に全員プレゼントしています)に載っています。

そのような体験をして、ヴァイアナにヒーリングをしてほしいという人が増えはじめ、今では世界中に爆発的に広がりました。日本では、2003年頃からオーストラリアなどにヴァイアナのセミナーを受けに行く人が出始め、2007年から来日セミナーが始まりました。

私は、2度目の来日セミナーである2009年春に、初めてヴァイアナと出会い、2010年の来日セミナーではデモセッションを受け、その年の夏にはヴァイアナの地元アイダホ州でひと夏を過ごしました。

2010年秋にはロンドンのセミナーで直接「豊かさと願いの現実化」を受講。

このセミナーで初めて、ヴァイアナがシータヒーリングを通して何を私たちに伝えたがっているのかを体験として知りました。

2011年の来日セミナーはずっとそばにいてアシスタントをしました。

原発事故直後の日本に、「もちろん行くわ!」とやってきてくれて、日本のシータヒーラーたちを勇気づけてくれたヴァイアナの心意気に会場中が盛り上がったものです。

2011年の夏もアイダホで過ごしました。

その後も毎年ヴァイアナと会い、セミナーのアシスタントを度々するなど、ヴァイアナの近くでシータワークを見てきました

シータヒーリングの可能性は、年々拡大し、ヴァイアナも進化しています。

それを毎年目撃させてもらえていることに、心から感謝しています!!!

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